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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)270号 判決 1968年1月20日

原告

渡辺光雄

ほか二名

被告

栗田義秋

主文

一、被告は、原告渡辺光雄および同渡辺義造に対し、各五二万円ならびに内四八万円に対する昭和四一年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員の、同渡辺幸吉に対し五九万九、五五〇円ならびに内五五万九、五五〇円に対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員の、各支払をせよ。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は全部被告の負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

被告は原告渡辺光雄および同渡辺義造に対し、各六七万円ならびに内六三万円に対する昭和四一年七月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員の、原告渡辺幸吉に対し八七万一一〇〇円およびうち八三万一一〇〇円に対する前同日から支払い済みまで年五分の割合による金員の、各支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因)

一、事故の発生

被告は、昭和四一年四月一三日午前一一時二〇分ごろ、ホンダ軽四輪貨物自動車(足立六け―一四七六号)を東京都台東区日本堤二丁目二九番地(旧台東区浅草山谷四丁目五番地)先の白鬚橋(東方)から三ノ輪(西方)に至る車道幅約三五メートルの道路とこれに直交する南千住(北方)から浅草田中町(南方)に至る幅約六メートルの道路との交差点(交通信号機の設置なし。)の西南角を自車の後輪として歩道沿いに西向に停止していたところ、折柄訴外渡辺ヒロ(以下単にヒロという。)が南千住方向から田中町方向へ該交差点を横断し、停車中の被告車の後方へ差しかかつたが、被告は後方の安全を確認せずして突然停車中の自車を後進させたため、右ヒロに自車の後都を衝突せしめ、同人を同所のアスフアルト路面に転倒させた。

二、被害者の死亡

右ヒロは、右事故により、脳挫傷、硬膜下血腫、打撲裂傷、足部打撲の傷害を受け、ただちに訴外辻岡医院(浅草田中二丁目一〇番地)に入院加療したが前同月二二日ごろから、精神障害の徴候が顕れ、東京大学病院の診察も受けたが、前同月二七日左半身が不随となつた。よつて前同年五月一九日東京共済病院へ転院したが、脳軟化症・心臓障害・気管支炎・腸管麻痺を併発し、同年七月一日死亡した。これについては、東京都監察医務院は脳挫傷・硬膜下血腫が原因となつて肝、腎変挫症により死亡したと死体検案をしている。

三、被告の責任

被告は本件自動車の所有者としてこれを自己のため運行の用に供していたのであるから、本件事故による損害を賠償する責任がある。

四、損害額

1  右ヒロは、明治二一年一二月生れ(事故当時七七才四月)の未亡人であつて、原告らはその実子であるところ、事故当時は成人した原告ら三子の家庭を随時手伝いながら平穏無事に過していたが、右事故により、右傷害を受け、昭和四一年四月一三日から同年七月一日死亡に至るまで約二か月半入院加療を余儀なくされ、肉体的、精神的苦痛を受けた。その慰藉料は二五万円が相当である。

2  右渡辺ヒロは、当時無職であつたが、原告らの家庭の家事手伝をして生活費に相当の貢献をしていたので、その逸失利益と将来の生活とを彼此考慮して逸失利益の計算に基づく請求はしないこととする。

3  原告渡辺光雄(以下単に光雄という。)は運送会社社員、原告渡辺義造(以下単に義造という。)メツキ会社社員、原告渡辺幸吉(以下単に幸吉という。)は鈑金業を営む者であるが、いずれも妻帯し、それぞれ別個に家庭をもつているが、被告の起した右事故により突然母の天寿を奪われた精神上の苦痛は多大であり、その慰藉料は各七五万円が相当である。

4  原告幸吉は、右事故により、右ヒロの入院治療費・附添派出看護婦費・葬儀費を(1)ないし(4)のとおり支出したほか、この間鈑金業を休業したことにより、(5)のとおり「得べかりし利益」を失つた。

(1) 入院治療費

(イ) 辻岡医院(前同年五月一七日から、一九日までの分)五七七〇円

(ロ) 東京共済病院(前同年五月一九日から同年七月一日までの分)一六万四七五九円

(2) 附添派出看護婦手当、八万七六四〇円

(3) 入院雑費

(イ) 寝具類四万一五九五円 (ロ) 転院車代四五〇〇円

(ハ) 入院中雑品代七四一五円

(4) 葬儀費三九万一九一三円のうち三八万六八一三円

(5) 休業逸失利益 七万六九五〇円

計 七七万五四四二円

5  原告らは、被告に対し、右損害の賠償を請求してきたが、被告から処理を委任された訴外大東京火災海上保険会社は、不当に低額な損害計算を行うので(強制保険給付金のほか一〇万余円)、原告らは本訴請求に及んだのであるところ、これがために後藤正三弁護士に対し東京弁護士会報酬規程以下の範囲で各四万円宛の手数料を支払つたほか、成功報酬として判決認容額の一割を支払う約定をした。この中手数料について被告らに賠償を求める。

五、相続

原告光雄(明治四年一〇月生)は右ヒロの長男、同義造(明治四五年一月生)は右ヒロの二男、同幸吉(大正三年二月生)はヒロの三男であるが、原告らは右ヒロの右三の1記載の慰藉料請求権を相続し、遺産分割の結果原告光雄および同義造は八万円、同幸吉は九万円の割合で相続した。

六、よつて原告らは、被告に対し、右三の(1)ないし(4)記載の損害金およびこれに対する昭和四一年七月二日(右ヒロ死亡の翌日)から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金ならびに右三の(5)記載の弁護士手数料の損害金の請求を求めるものである。

(請求原因事実に対する認否)

一、請求原因事実一のうち、被告は後方の安全を確認せず、突然という点と、右ヒロに自車の後部を衝突せしめ、同人を同所のアスフアルト路面に転倒させたという点を否認しその余を認める。

二、同二は不知

三、同三は、本件自動車の所有者であることは認めるが、賠償責任は争う。

四、同四の1、3、5は不知。2のうち、右ヒロが当時無職であつた点は認め、その余は不知。4のうち、(1)(イ)については五七七〇円全部を、(1)(ロ)については一六万四六四六円の限度で、(2)については、五万八〇〇円の限度で、それぞれ認め、その余は不知。(4)ないし(6)は不知

五、同五は認める。

(抗弁)

原告らは、昭和四一年九月九日大東京火災海上保険株式会社から本件事故に基づく自動車損害賠償責任保険金として、一三〇万円の支払いを受けたが、うち一一万五六五八円は、被告が原告らに対する立替金((イ)治療費六万九八七八円、(ロ)付添看護料四万二九八〇円、(ハ)メガネ代金二八〇〇円)合計一一万五六五八円の清算(弁済)として受領したので、被告らに現実に支払われたのは一一八万四三四二円である。

(抗弁事実に対する認否)

原告らが責任保険金として一一八万四三四二円を受領したことは認める。右受領額は、遺産分割により、原告光雄、同義造が各二〇万円、同幸吉が七八万四三四二円ずつ受領したものである。

〔証拠関係略〕

理由

一、事故の発生

請求原因一の事実中、被告が後方の安全を確認せずして突然停車中の自車を後退させたため、ヒロに自車の後部を衝突せしめ、同人を同所のアスフアルト路面に転倒させたとする点を除くその余の事実については当事者間に争いがない。成立に争いのない乙一号証の二・四・七・一四ないし一七によれば、ヒロが本件交差点を横断し、停車中の被告車の後方に差しかかつたとき、被告が後方の安全を確認せずして突然停車中の自車を後進させたため、ヒロに自車の後部を衝突せしめ、同人を同所のアスフアルト路面に転倒させたことを認めることができ、右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

二、被害者の死亡

請求原因事実二については、〔証拠略〕によつてこれを認める。右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

三、因果関係

もつとも、被害者ヒロの死が本件事故と因果関係があるか否かは問題とするに足るので、この点を案ずるに、〔証拠略〕を考え合せると、直接の死因は肝腎変性症であるが、老人性の動脈硬化のみでは剖見されたような萎縮が生ずるものでなく、たとえそれがあったとしても、外傷による心身のシヨツクがプラスして初めて死の転帰を見るに至つたものと認められるから、ヒロの死は事故と相当因果関係ありと認めるべきである。

四、被告の責任

被告が本件自動車を所有していたことは当事者間に争いがない。従つて、他に特段の事情がない限り、被告は、本件事故当時本件自動車を自己のため運行の用に供していたものとして、免責事由なき限り、よつて生じた人身事故について損害賠償の責任を負うべきところ、被告は、右特段の事情も、免責事由も主張立証しないから、被告は損害賠償の責任がある。

五、損害の算定

よつて、損害の算定に入ることとし――

1  請求原因三の1の事実は、前顕各証拠および原告幸吉本人尋問の結果これを認めることができ、ヒロの受けた苦痛に対する慰藉料は、二五万円が相当である。そして、請求原因四の相続の事実および遺産分割の協議割合については当事者間に争いがないので、原告光雄・同義造は各八万円、同幸吉は九万円をそれぞれ相続したものである。

2  次に、同三の3については、原告幸吉本人尋問の結果により、ヒロが当時七八歳であり、原告幸吉の一家と世帯を共にして生活していたが、月のうち相当日数は原告義造の家庭に女手がないのでその方の手伝いにもいつていたこと、原告らの父は昭和一九年に死亡し、戦後は原告ら三人を頼りとしていたこと、ヒロは数年前白内障の手術をしたことがあつたし、また高血圧で医者の治療を受けたこともあつたが、事故当時は日常生活に不自由なく、原告らの家庭で留守番、子供の守り、家事手伝等をなしつつ老後を送つていたことが認められ、これらの事情を勘案すれば、原告らが母を失つた精神的損害に対する慰藉料は、各人六〇万円が相当である。

3  請求原因三の4各項については、原告幸吉本人尋問の結果により、ヒロの入院および死亡後の葬儀の費用は、原告らのうち原告幸吉が一切を支出したことが明らかであるが、その額について証拠を案ずるに――

(1)(イ)の五七七〇円は当事者間に争いがない。

(1)(ロ)のうち、一六万四六四六円は当事者間に争なく、これは、原告主張額と一一三円の相違があるが、〔証拠略〕により、東京共済病院転送の際計上された初診料一一三円がこれに相当すると考えられ、結局原告主張の全額を認めることができる。

(2)のうち、五万八〇〇円については争いがないが、三万六八四〇円について争いがある。前掲甲第一号証によるに、昭和四一年五月二八日ないし六月一六日の大戸とみ派出婦への支払額三万六八四〇円が恰もこれに一致するのであり、結局甲一号証により原告主張額を認めることができる。

(3)(イ)については、〔証拠略〕中、<1>四月一四日患者用シーツ一四〇〇円、<2>四月一五日布団一組九五〇〇円、<3>四月二八日患者シーツ一四〇〇円、<4>同日寝衣等三〇九五円、<5>患者用毛布一四〇〇円、<6>五月一九日布団一組一万五七五〇円、<7>五月二〇日寝衣、シーツ二五〇〇円、<8>五月二三日晒二反、おこし二枚、吸飲器二〇五五円、<9>六月二五日患者用寝衣等四四九五円の合計が請求額であると認められるが、このうち<2><5><6>は、なるほどヒロの負傷入院の結果必要となつた支出ではあるが、本来退院後の日常生活においても使用を予期しうるものであり、負傷と相当因果関係ある損害と見るのは失当と考えられるのであつて、この理は、ヒロがその後死亡したことによつて変るものではない。従つて、右三項目を除いた残りの一万四九四五円は認容すべきであるが、その余は棄却すべきである。

(3)(ロ)については、〔証拠略〕中、五月一九日すなわちヒロが辻岡医院から東京共済病院に転送された日に、患者移送費として四五〇〇円が記載されているのでこれを認めることができる。

(3)(ハ)については、〔証拠略〕中、<1>四月一五日日用品等代金一三五〇円、<2>同日カルピスおよび吸飲五二〇円、<3>四月三〇日日用品等一〇四〇円、<4>五月六日水のみ、マツチ等一四〇円、<5>五月八日石鹸等四三〇円、<6>五月一四日オーデコロン八〇〇円、<7>五月二〇日タライ、洗面器等五一〇円、<8>五月二四日缶詰およびジユース二、〇八〇円、<9>五月二七日洗面器、ナイフ等五四五円の合計が請求額であると認められるが、このうち、<2><8>を除く各項目は、必ずしも入院生活にのみ結びつく必要品ではないが、入院により日用品類の購入につき余剰の支出を見ることは日常の経験則であり、その額は一日あたり一〇〇円未満と見るのを相当とするところ、原告の請求額は七、四一五円であつて、入院日数八〇日に対する右の基準額から算出されるところを超えないから、その全額を肯認して差し支えないと考える。

(4)については、〔証拠略〕により、請求額三九万一九一三円の支出があつたことが認められるが、この中、教会寄附五万円および院号受領御礼一〇万円はその全額につき相当因果関係を認めることはできず、三分の一に止めるのを相当とするので、計五万円の限度で認めることとし、結局葬儀費用中二九万一九一三円を相当因果関係ある損害と認める。

(5)については、〔証拠略〕によれば、同原告は、ヒロの入院中および葬儀のため全休二〇日、半休一七日におよんだこと、同原告は板金修理業者であるが、以前は職人を六人位使つていたが、現在は一人で仕事をしていること、鎔接工の東京都職人組合における規定日当は二、七〇〇円であることが認められ、同原告が仕事を休んだことにより得べかりし利益を算定するにはこの場合職人の日当を基準としても差支えないと考えられるので、よつて算出すれば、原告主張どおりの七万六九五〇円を肯認することができる。

(6)右を総合すると、請求原因三の4については、六五万三八九二円の限度で原告幸吉の損害を肯認することができる。

4  以上を原告別に集計すると、原告光雄および同義造は各六八万円、同幸吉は一三四万三八九二円の損害となるが、本件事故に基づく損害の填補として、責任保険金として、一一八万四三四二円が支払われたことは当事者間に争いがなく、原告幸吉本人尋問の結果によりそのうち原告光雄、同義造には各二〇万円、その残りは原告幸吉が取得したことが認められるから、原告光雄、同義造は各四八万円を、原告幸吉は五五万九五五〇円を、それぞれ請求しうる道理である。

5  ところで、原告らの訴提起前に被告がかかる賠償額の支払いに応じなかつたことは、本件口頭弁論なかんずく和解の経過に徴し明らかであるから、原告らが本件訴訟提起追行につき弁護士を委任した場合の相当な報酬額は、権利行使の費用として被告らからその償還を求めうる道理である。原告幸吉本人尋問の結果によれば、原告らは着手金各四万円を支払つたことが認められ、右認容額に照らし、この弁護士費用はいずれも相当であるから、原告らの請求は、これを肯認すべきである。

六、結論

以上を総合し、原告らの請求中、原告光雄、同義造については各五二万円、原告幸吉については五九万九五五〇円および、原告らは弁護士費用については遅延損害金を求めていないので、右金額から各四万円を減じた額につき、死亡の翌日である昭和四一年七月二日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行宣言については同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 倉田卓次)

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